山下泰裕は最強で経歴と学歴の高校大学は?妻と子供の家族・離婚の真相も

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こんにちは!MINATOです。

2020年の東京オリンピックの招致疑惑を巡り、フランス司法当局から贈賄容疑で捜査を受けているJOCの竹田恒和会長がすでに関係幹部に辞意を伝えていることが分かり話題になっています。

そんな中、新会長にはJOC選手強化本部長で、五輪柔道金メダリストの山下泰裕氏さんが有力候補として挙がり注目されています。

そこで今回は、山下泰裕氏さんにスポットを当てて紹介していきます。

ということで、

  • 山下泰裕は最強で経歴と学歴の高校大学は?
  • 山下泰裕の妻と子供の家族・離婚の真相

が気になりましたので調べてみました。

それでは早速、本題へ入っていきましょう!

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山下泰裕は最強で経歴と学歴の高校大学は?

出典:山下泰裕公式サイト

プロフィール
  • 名前:山下泰裕(やました やすひろ)
  • 生年月日:1957年6月1日
  • 年齢:61歳(2019年3月時点)
  • 出身地:熊本県
  • 血液型:A型
  • 身長:180cm
  • 体重:128kg
  • 高校:九州学院高校
  • 大学:東海大学
  • 段位:八段

経歴

◆中学時代から最強の柔道選手だった!?

熊本県で生まれた山下泰裕さんは、幼少の頃から体が大きく、4歳のときにはすでに身長が122cm、体重は20kgまでに成長していたそうです。

柔道を始めたのは小学3年生のとき。

恵まれた体格がいかんなく発揮され、小学6年生の時には県大会で優勝するほどの実力をつけていました。

小学校を卒業すると、名門の中学校として知られる熊本市立藤園中学校に入学します。

中学1年生のときには100kg近くになり、柔道部では中心の選手として2年生・3年生のときに出場した全国大会の団体戦では、2年連続のオール一本勝ちで優勝に貢献。

まさに中学生で最強の柔道選手と言える存在でした。

高校進学の際には、県内外のさまざまな強豪校からスカウトを受けたのですが、中学の恩師だった白石礼介さんの指導を高校でも受けられるということで、九州学院高校に進学しました。

◆高校でさらに才能を開花!

高校では、最初のインターハイで史上初の1年生で優勝。

しかし、金鷲旗や2年のインターハイで判定負けを喫するなど、中学では無敵で最強だった状態から伸び悩んでいたそうです。

このままではさらに成長することが難しいと感じた山下泰裕さんは、県外へ行くことを決意。

そして高校2年生の2学期から東海大相模高校へ転校しました。

東海大学で指導をしてもらった結果、高校2年で13連勝を記録。

高校3年生になると社会人も出場する全日本選手権で3位入賞を果たしました。

さらに、3年生の時には金鷲杯、インターハイ個人戦・団体戦、国体、全日本新人体重別選手権、フランス国際で見事に優勝することができたのです

◆期待されてたモスクワオリンピックで不参加を表明

高校卒業後、東海大学大学院に進学した山下泰裕さん。

1979年の世界選手権でも優勝を果たし、モスクワオリンピックの日本代表に選出され、金メダルの獲得が期待されていました。

しかし、このオリンピックに日本が不参加を表明したのです。

なぜなら、1979年ごろからソ連ではアフガニスタン紛争の介入が進められていたからです。

日本は、この正当な理由なき侵攻に対して抗議の意味を込めてオリンピックをボイコット。

そのため、残念ながら山下泰裕さんは、モスクワオリンピックに出場することができませんでした。

きっと、かなり悔しい思いがあったと思います。

◆悲願の金メダル獲得!

モスクワオリンピックに出場することができなかった、その後の4年間もしっかりと結果を出し、満を持して1984年のロサンゼルスオリンピックの代表に選出。

金メダルを確実に獲得するために気合を入れて試合に臨んだ山下泰裕さんが、2回戦で突然のハプニングが発生してしまいました。

不運なことに右足の肉離れを起こしてしまったのです。

試合後、肉離れを悟られないように平然を装っていたそうなのですが、誰の目から見ても明らかなほどに足を引きずっていました。

それでも何とか勝ち進み、決勝へと進出。

決勝の相手は強気に攻めてくるエジプトのモハメド・ラシュワン選手でしたが、見事に抑え込み一本勝利をおさめ、悲願だった金メダルを獲得することができました。

◆公式戦203連勝の最強が現役を引退

その後は足の治療に専念して、しばらく大会は控えることになった山下泰裕さん。

1985年の全日本選手権で優勝することができましたが、足が完治することができない理由から、28歳の若さで現役引退を決意しました。

山下泰裕さんが残した功績はすごく、大学2年生(1978年)の10月に全日本学生選手権で敗退して以来、7年間の間に1度も負けることがありませんでした。

7度の引き分けを挟むと公式戦で203連勝を記録。

外国人選手に対しては、116勝0敗3引き分けと最強の強さを発揮しました。

通算成績は528勝16敗15分けで、いまだ世界史上最強の柔道家であるという声も多いほど、山下泰裕さんは圧倒的な強さを誇っているのです。

◆引退〜現在の活動

引退後は、国際柔道連盟の教育コーチング担当理事などに就任。

2015年にはその国際柔道連盟によって殿堂入りの表彰も受けました。

ちなみに、国民栄誉賞を受賞しています。

現在は、味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)のトップに就任し、柔道だけでなくさまざまなスポーツの分野で日本人選手をサポートしています。

そして今、JOCの新会長に山下泰裕さんが有力候補として挙がっています。

 

山下泰裕の妻と子供の家族・離婚の真相は?

山下泰裕さんの家族について調べてみると、1986年に一般の女性と結婚し、3人の子供がいるとの情報があります。

結婚した妻の名前は、みどりさんと言うようです。

そして子供は、長男と次男の息子さんと娘さんがおり、名前や年齢などの詳しいことまでは分かりませんでした。

ただ、次男の息子さんは自閉症であることを公表しています。

娘さんに関しては、川口ゆり子さんのバレエスクールに通われていたという情報がありました。

山下泰裕さんの家族について調べているときに「離婚」のワードが出てきました。

どうやら、山下泰裕さんに離婚の噂があるようです。

気になったので詳しく調べてみたのですが、離婚に関する情報はなく真相は不明でした。

どこから離婚の噂が浮上したのか分かりませんが、確かな根拠がないので、現在も離婚はしていないと思われます。

 

 

まとめ

今回は、

  • 山下泰裕は最強で経歴がすごい!
  • 山下泰裕の妻と子供の家族・離婚の真相は?

について調べて紹介させていただきました。

山下泰裕の経歴は豊富で、しかも輝かしい功績も残されていることが分かりました。

JOCの新会長に山下泰裕さんが有力候補として挙がっていますが、果たしてJOCの新会長に就任するのか今後の動向に注目が集まりそうです。

それでは今回はこれで以上になります。

最後までお読みいただきありがとうございました!

MINATO

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