静芝(せいし)の現在と両親は?家族と再会することはできた?

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こんにちは!MINATOです。

今から24年前の1995年に、徐(ジョ)さん夫婦に2人目の子供が生まれたのですが、当時中国では厳格な「一人っ子政策」が行われていました。

夫婦は、子供が生まれてすぐに断腸の思いで青果市場に手紙と一緒に、次女の静芝(せいし)さんを置いて去ってしまったのです。

そこで今回は

  • 静芝(せいし)の現在と両親は?家族と再会することはできた?

に注目して紹介していきます。

それでは早速、本題へ入っていきましょう!

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静芝(せいし)の現在と両親は?20年後に家族と会うことができた?

今から24年前、徐さんの妻・銭さんは妊娠しており、3歳の娘と一緒に小舟の中に身を潜めて生活していました。

そして、そのまま妻は船の上で次女の静芝(せいし)さんを出産。

なぜなら、当時中国では一人っ子政策が行われており、本当は中絶されるはずの子供だったからです。

数日後、徐さんは娘の静芝さんを蘇州にある青果市場に連れて行き、手紙と一緒に置いてきたのでした。

手紙にはどんな内容が書かれていたかというと、

私たちの娘・静芝は、1995年7月24日午前10時に生まれました。

貧しさと社会事情ゆえにこの子を捨てざるをえません。

この父と母の心に哀れみを。

私どもの娘を救ってくださり、育ててくださり感謝いたします。

運命が許すならば、10年後、あるいは20年後の七夕の朝に杭州の断橋でお会いすることができますように。

と綴られていました。

 

静芝が養子として迎えられる

静芝さんは養子として、アメリカ人のポーラー夫妻に迎えられ、「キャサリン・スー・ポーラー」という米国の名前を付けてもらいました。

ポーラー夫婦には2人の子供がいましたが、年の離れた兄とも仲良く、人口7000人ほどの街で、他の子供たちと変わらずに養親に大事に育てられたと言います。

家族アルバムでは、静芝さんがスポーツトーナメントで優勝した時や、ヴィオラとピアノの練習風景、家族旅行などの写真で溢れ、静芝さんはポーラー夫婦のおかげで幸せな子供時代を過ごすことができたのです。

 

22年の時を経て、実の両親と再会

蘇州にある青果市場に静芝さんと一緒に置いた手紙には、「10年後、あるいは20年後の七夕の日の午前、断橋の上で一目お会いすることが出来ますように」と綴られていました。

しかし、手紙の願い通りに再会することはできませんでしたが、22年の時を経て、2017年8月に静芝さんは実の両親と姉に初めて出会うことができました。

静芝さんと実の両親が再会した時の画像がこちらになります。

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181225-00000005-courrier-soci.view-001

実の母親である銭さんは、待ち合わせ場所の断橋に静芝さんが現れた瞬間、声を上げ泣き始め、『やっと会えた、本当にごめんね』と繰り返し言っていたようです。

再会できた喜びの反面で、やはり娘を捨ててしまったことに対して、ずっと罪悪感があったのでしょうね。

 

 

まとめ

今回は

  • 静芝(せいし)の現在と両親は?家族と再会することはできた?

という内容で紹介させていただきました。

静芝さんは現在、アメリカで公衆衛生と音楽を学んだ大学を卒業し、新社会人として中国に戻っているとのことです。

本当に、22年の時を経て、実の両親と再会することができて良かったですよね。

これからも幸せに暮らしていけることを願っています。

それでは今回はこれで以上になります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

MINATO

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