【日航機ニアミス事故】管制官は誰で名前と顔画像は?現在も調査!

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こんにちは!MINATOです。

1月26日放送の「土曜プレミアム・報道スクープSP 激動!世紀の大事件VI~平成衝撃事件簿の真相~」では、2001年に駿河湾上空で発生した『日本航空機駿河湾上空ニアミス事故』が特集されます。

日航機ニアミス事故を巻き起こした主たる原因は、航空管制官が便名を取り間違えるなど、不適切な管制指示を出したことだと言われています。

そこで今回は、日航機ニアミス事故の要因になった管制官は誰なのか、名前と顔画像、そして現在まで迫って調査してみました。

それでは早速、本題へ入っていきましょう。

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【日航機ニアミス事故】概要

『日本航空機駿河湾上空ニアミス事故』は、2001年1月31日に駿河湾の上空で発生した、日本航空の旅客機同士によるニアミス事故です。

同日の午後3時55分頃、静岡県焼津市沖の駿河湾上空の35,500〜35,700フィート付近で、羽田空港から那覇空港に向かっていた日本航空907便ボーイング747-400Dと、韓国・釜山の金海国際空港から成田国際空港に向かっていた日本航空958便DC-10-40の2機が、最接近距離約135m、最接近時高度差約40mのニアミスを起こしました。

間一髪で双方が回避操作を行ったため大事故にはなりませんでしたが、907便では急降下による機体の動揺により、搭乗者427名のうち、9名が重傷し91名が軽傷。

一方で、958便の搭乗者250名に負傷者は出ませんでした。

幸い、日航機ニアミス事故では1人の犠牲者を出すことはありませんでしたが、双方の旅客機に搭乗していた677名の生命が脅かされ、極めて危険な状況であったことは確かです。

もし空中で衝突していた場合は、

  • 1977年:テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故の犠牲者583人
  • 1985年:日本航空123便墜落事故の犠牲者520人

そして、史上最悪の空中衝突事故となったニューデリー空中衝突事故の犠牲者349人を超える、史上最悪の航空事故になった可能性もあった訳です。

本当に1人も犠牲者が出なくて良かったと、心からそのように思います。

 

【日航機ニアミス事故】管制官は誰で名前と顔画像・現在は?

事故の原因

2002年7月12日に公表された国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の事故調査報告書によると、

  • 管制官による不適切な管制指示
  • 907便機長による降下操作

といった、複合的な要素が原因となって、日航機ニアミス事故におけるニアミスが発生したと認定されました。

その中でも重大な要因として、航空管制官らによる不適切な管制指示を認定。

航空管制官らによる不適切な管制指示というのは、

  • 便名の取り違え
  • 相手機の失念とCNF作動の遅れにより緊急に回避指示を行なう必要が生じたこと
  • 事故とは無関係の別の機へ注意が向いていたこと
  • 直前に便名の類似した便との交信があったこと
  • 隣接セクターとの調整や訓練中の管制官への説明に忙殺されていたこと
  • 訓練監督管制官が適切な訓練指導を受けていなかったこと
  • 航空路レーダー情報処理システムの機能不足によりCNFが遅れて作動したこと

というものです。

日航機ニアミス事故複合的な要因で発生していますが、東京航空交通管制部の訓練中の航空管制官が便名を取り違えて不適切な管制指示を出したこと、その上で、実地訓練監督者であった航空管制官がかかる間違いに適切に対処しなかったことが本事故の発端となり、主たる原因だと言われているのです。

では、不適切な管制指示をしてしまった航空管制官は一体誰だったのでしょうか?

調べたところ、顔画像までは分かりませんでしたが、名前は蜂谷秀樹さんと籾井康子さんであることが判明しています。

裁判

2003年5月7日、国土交通省東京航空交通管制部の管制官2名と907便の機長を業務上過失傷害罪と航空危険行為等処罰法違反の容疑で、東京地方検察庁に書類送検しました。

ですが、907便の機長は、航空管制に逆らうことは出来なかったとして、捜査当局が主張する刑事責任を否定。

そのため東京地方検察庁は「過失は認定できない」として、嫌疑不十分のため不起訴処分となりました。

一方で航空管制官の蜂谷秀樹さんと籾井康子さんは、2004年3月30日に被害届を出していた乗客57人に対する業務上過失傷害罪で在宅起訴を命じます。

2008年4月11日に行われた東京高等裁判所では一審判決を破棄。

航空管制官2名に禁固1年から禁固1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。

2010年10月26日、最高裁判所第一小法廷では上告を退け、航空管制官の蜂谷秀樹さんと籾井康子さんに有罪判決が確定しています。

現在

裁判で有罪判決が確定してから、しばらくの年月が経っていますが、航空管制官の蜂谷秀樹さんと籾井康子さんは現在どうされているのでしょうか?

蜂谷秀樹さんと籾井康子さんは、最高裁判決において禁錮以上の刑が確定したことで、国家公務員法76条・38条2号の規定に基づき失職しています。

なので現在は、それぞれ違った道に歩み、どこかで一生懸命に働いているのではないかと思われます。

 

 

まとめ

今回は、2001年に駿河湾上空で発生した『日本航空機駿河湾上空ニアミス事故』について、ニアミス事故の主たる原因となった管制官は誰なのか、名前と顔画像、そして現在まで迫って調査していきました。

幸い、日航機ニアミス事故では1人も犠牲者が出ませんでしたが、大惨事寸前の平成最悪のニアミス事故だと言えます。

2度と同じようなニアミス事故が起こらないことを心から強く願っています。

それでは今回はこれで以上になります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

MINATO

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